古くなった建物を建て替えるために、テナントに退去して頂く場合、借地借家法第28条で正当事由が必要であることが定められています。判例上、「自己使用」、「建物の老朽化」、「敷地の有効利用、高度利用」が認められる場合には、立退料を支払うことで補完され、正当事由が認められる傾向にあります。前述の事案は建物が木造であり、鉄骨、鉄筋と比べると、進みが早いため、老朽化が認められやすいです。また、前述の事案は2階建ての木造を9階建ての賃貸マンションに建て替える場合には、「敷地の有効利用、高度利用」に該当します。
以上を踏まえると、前述の事案は一定の立退料を支払うことで、正当事由が認められる事案です。
前述の事案では、店舗が繁盛しているのか否かで営業補償等の金額が争点となりました。一般的に当該建物を店舗として使用している場合には、営業補償が必要となること、店舗には什器備品、内装が施されており、それらの補償も必要となること等から、立退料の金額が高くなる傾向があります。過去の裁判例では、都内の30坪程度の喫茶店の明渡事案にて立退料を1億円としたものもあります。これに対し、テナントが居住用、事務所として使用している場合は、その建物でなければならない理由はなく、移転先に代替性が認められること、内装等が施されていることが少ないこと等から、店舗と比較すると、それほど高額な立退料にはなりません。したがって、用途によって立退料の金額が異なります。
前述の事案では、裁判所が和解案を提示していること、繁盛していないことを前提として立退料を算定される可能性が低いこと、テナント側も譲歩していること、早期解決により、速やかに建替えの着手に移れること、及び金500万円の立退料を支払っても建替え計画が成り立つこと等を考慮して、和解に応じました。裁判所が判決にて判断を下したとしても、実際にテナントが当該建物から退去しなければ、建替えを行うことができません。地方裁判所が明渡しを認める判決を下したとしても、テナントは高等裁判所に対し控訴することができます。控訴等が棄却され、仮に判決が確定したとしても、テナントが当該建物の明渡しに応じなければ、オーナーとしてはさらに明渡しにつき強制執行を行わなければならず、テナントを当該建物から退去させるにはさらに時間を要します。それを回避する方法としては、オーナーも立退料の金額、明渡時期等で譲歩して、和解による解決を図ることが早期かつ円満な解決になります。テナントが和解に応じておりますので、和解に従って入居者が当該建物を明け渡すことになり、スケジュールの見込みが立ち、オーナーとしてはそれを踏まえて、建替え計画を立案することができます。
前述の事案では、当事者間ですでに明渡交渉を行い、功を奏しないとして弁護士に委任しています。ご自身で対応し、無理な場合には弁護士に委任する対応は基本的な対応であります。
しかし、明渡しの場合、別の切り口から任意交渉を容易に進めることが可能な場合もあります。例えば、当月末に翌月分の賃料を支払う場合、未収額が3ヶ月以上になった場合には、概ね賃料未払いを理由に賃貸借契約を解除することができます。この場合、未収額の回収はともかく立退料を支払うことなく賃貸借契約が解除により無効となり、オーナーはテナントに対し明渡しを求めることができます。
また、前述のとおり、明渡しには正当事由が必要となり、その判断はオーナー側とテナント側の双方の事情を考慮して判断されますが、明渡交渉中にオーナーの対応が正当事由の判断に不利に働く場合もあります。例えば、オーナーがテナントに対し嫌がらせをして無理に明け渡しを求める場合には、そのような事情はオーナーに不利に判断されるおそれがあります。
さらに、一旦立退料の金額を提示すると、提示した立退料の金額を撤回し、それを下げることはできません。裁判所では過去に提示した金額を踏まえて和解を斡旋する傾向があり、立退料の提示額は右肩上がりになります。逆にあまりに低額ですと、テナントの感情を害し、却って逆効果になり、提示する立退料の加減は容易ではありません。
加えて、多くの賃貸借契約は賃貸借期間が定められており、その場合、期間満了の1年前から6ヶ月前までの間に更新拒絶の通知を行う必要があり(借地借家法第26条第1項本文)、これを怠ると、正当事由が認められても、明渡しが認められるのが先になるおそれがあります。
以上のとおり、明渡請求が認められるためには法的な制約も存在しますことから、事案ごとに置かれている状況を見極めた上で行うことを勧めます。